ごあいさつ

女性の感性はおもしろい。

 三重県桑名市。
 名古屋の近郊ベッドタウンであり、古い町並みや田園広がる地域と共に、新興団地が急速に拡大している地域でもあります。
 県外から移り住んだニューファミリー層が急激に増進し、新しい文化や感性を持った人達から、様々な活動が生まれています。
 私自身が九州出身でありながら、桑名を生まれ育った地のように愛着を持てるようになったのは、初めての地で、子育てや抱える悩みでで孤立しそうな中、同じような環境の女性達と、お互い支え合いながら仕事を通じて社会とつながることができたこと。
 さらに、社会で自分の場所を見つけることができると、小さな自信が生まれ、地域の人たちと積極的に関わりを持つことができ、またそれを楽しみ、「その時間を子供たちと共有したい」と思うようになりました。
 地域の女性たちが、地域ゆえのゆとり時間やゆとり空間から得られるライフスタイルの中で、自分らしく活躍できる場を生み出してゆきたい。 その理念のもと、「経験・技術・意欲」ある女性たちがつながり合い、活躍できるステージを、自ら築き上げてゆける企業でありたいと考えています。
 代表 水谷 美保

地域の潜在力である女性達がチーム化する取組

<以下、2005年記載文から、一部変更、再掲載>

 地域で当たり前の生活ができる喜びに、感謝しつつ。
 幼い子供を育てながら、「仕事を持つ」ことの意味を様々と考える昨今です。
 現代、「仕事」を大事にする女性は非常に多いでしょう。しかし、子育て中の身でありながら、フルタイムで組織の中で働くことは、両親や家族、地域サービスの力をふんだんにか借りながら、自己投資と精神的な負担をかなり背負いながらを両立を図らなければならないのが現実です。

 私は、独身時代に、不夜城のような職場で休日も自主出勤して全力投球で会社と仕事へ何年も没頭し、仕事に陶酔しました。
 精神的にも肉体的にも、これ以上ないほど疲弊しきっていましたが、若く、自己中心的な生活だからできた無理やふんばりだと思います。 よくがんばったものだ・・・と思うこともあります。
 でも、自分を褒め称え、「あの頃は良かった」と思ったことは一度もありません。
 結果として、30歳になる前に、「仕事を第二」と考える現在の自分を強く求めました。
 信頼するパートナーと結婚をし、 愛情をたっぷりそそぎ甲斐のあるけど日々試練の連続でもある家庭を持つことから始まった、新しい選択肢です。

 家庭をもち、子供を育てる中で、自分も共に成長してゆくことができる。この良き時も悪き時も盛りだくさんなしあわせは、人としてより良い道はと悩み彷徨いながら生きていく実感を感じさせてくれるものです。
 仕事で成功する刹那的な喜びとは、別のものであります。

 人生の最も大事な仕事が子供を育てるということ。
 人生の最終的な目標は、子供を善良な人間に育てあげること。

 そのためには、“自分自身”というものもしっかり持ち続けたいと常に考えてきました。
 特に子供を産み育てている女性にとって、「自分自身をもつ」ことが「仕事を通じて社会と接すること」だと思われている方は多いのではないかと思います。
 私が1人目2人目を育てている頃は「お前の仕事は趣味のようなもの」と評価され、後ろめたさの中、細々と仕事を続ける時代を経て、四人目が保育園にいる頃は「日曜に東京出張行くからよろしくね。」と言えるようになりました。
 当時、そして今もまだ、「必ず将来、自分だけでなく家族や社会のために役立てることができる。」と信じてきました。
 しかし、子供を産み育てながら、それでもなおがむしゃらに仕事にはげむことは、本当に、本当に難しい。
 母が仕事に専念しすぎると、多大な犠牲を子供をはじめとした周囲に強いることになる・・・と、自らの幼少時代の経験上から、できれば、“すべきではない”、と考えていました。

 子供を育て、家族との時間を大事にしながら、自分のできるペースで、得意とする仕事を続けたい・・・これは都合のよすぎることでしょうか。
 時代は、あっという間に変わりました。
 お母さん達が、必死に悩み苦悶しながら、頭を低くしてちょっとづつ開拓せざるを得ない時代は過ぎようとしています。
 自律したお母さんが、幼い子供を、どうどうと連れて社会活動や仕事をする姿はよく見かけます。
 だっこ紐で乳児を抱いたお父さんが、買い物をサポートしている姿もよく見かけます。
 若いお父さんたちは、お母さんが社会活動や仕事に携わることへ賛同派が主流となり、少しづつのようですが、家事育児へのサポートができる男性も増えてきました。
 気が付けば、私はすっかり古い時代の人になってしまいました。
 四人の子供を、妊娠から産み育てるまで、必死で1人で家事育児を、がんばってきてしまいました(笑)。

 女性は一旦、結婚し、家庭を持ったのであれば、まず、妻として、母として生きることを大事にすべきだと思っています。
 これは、男尊女卑とは違う、女の役割、男の役割は、男女の人間構造的に存在すると感じるからです。
 でも、現代社会に生きる女性として、家庭にだけ埋まってしまうのも、もったいない。
 どんな人にも、好きなこと、得意なことがあります。 それを活かすことができたら・・・。

 社会の中の “需要と供給”を、女性の立場から・・・経験・技能・能力持つ女性の潜在的パワーをネットワークする。 各々では小さい力でも、1人あたりの能力が大きければ、チーム化することで大きなプロジェクトを推進・成功させることができるのではないか?
 主婦目線でありながら、ビジネスとしてしっかり行動できるチームがたくさんある、、、そんな環境を地域の中で作って行きたい。
 もちろん。誰でも、すぐに社会で活躍できるわけではありません。
 社会の中には、社会常識やマナーがあり、仕事を担ってゆくなら、責任感や判断力、信頼性が必要です。
 そのために、どんな環境の中でも、自分で常に勉学し、技術を磨き、積極的に社会と交わり続けることが大事です。

 世の中には、子育てをしながらも、家庭を守りながら、細々とでも社会でがんばってきた女性たちがたくさんいます。
 そして、同世代の女性達にも、しっかりとした社会経験を持ち、技術を持ち、能力のある方々が結構いらっしゃるものです。
 そういった方たちとのつながりを大事にして、今の環境の中でできる仕事や社会活動をシェアして行うことも、私たちの現在から未来に通じて大事なことである、と思います。
 “ 地域で生活する” というのは、 こういった要素をゆるやかに兼ね備えていて、ファミリー単位に交流しやすく、緑豊かな自然の中に癒されながら、物事を考えることも仕事をすることもできる、やさしい環境であると感じます。
 子育て中は、無理ができないことはわかっています。どんな小さなことでも、「小さな努力と継続」を心がける気持ちがあれば、いずれ、きっと芽がでて膨らんで・・・。
 どんな仕事でも意味あるもので、良し悪し、上下の比較などできません。
 でも、「私が得意なことを活かせる仕事」は、“仕事”という言葉以上に自分自身や家族、周囲の人たちに多大なものを与えてくれます。
 子供たちに夢を与えることのできる大人であるために、自分も夢を持ち続けたい。
 将来を夢みながら、日々、やわらかな空気の中で家庭を見守ってゆける・・・そんな大人の女性になりたいものです。

オーストラリアで学んだ「母・女性は強し!」

 わたしは、2004年から約2年間ほど、オーストラリアのクイーンズランド州エメラルド郡エメラルドという、人口約5000人程の小さな小さな町で家族と生活をしました。
 ブリスベンから北西に1000キロほどの乾燥地帯で、夏場は45度を超えるという猛暑に苛まれますが、自然豊かで人々も大変フレンドリーかつ人情味あふれ親切でした。

 この町は、石炭ビジネスの熱狂的な新興で、クイーンズランドでも3本の指に入るというほど、世帯の可処分所得の高い豊かな町でした。
  続々と開発され建ち並んでゆく、プールつきの広い庭のある大きな家を眺めるたびに、日本との国と大きさ、生活環境、文化の違いを溜息が出るほど羨んだものです。
 とにかく、ものすごい過疎地というのか・・・僻地というのか・・・大きな買い物をするために、ひたすら乾燥地帯の続くまっすぐな道を、皆車を3,4時間飛ばして次の大きめの町へ向かうのです。
 超・ウルトラ・田舎まち・・・だったということです。

時が止まったような日々が流れていて、ここで生活する人々も、仕事以上に家族や地域の人々との関わりの時間を大事にするライフスタイルを楽しんでいました。
 町全体の経済的余裕というのは、生活スタイルをこんなにも豊かにするものなのだ・・・と、関心しました。

 私自身が 一番 心を動かされたことは、この町に、ほんの2,3世帯の日本人しか住んでいないという寂しく過酷な環境の中にあっても、言葉が半分通じているかどうかというコミュニケーションの中でも、心から感じあえる友人知人がたくさんできたということです。
 孤独な環境にある私が、子育てし、妊娠し、出産する様子を、常に子供の通う保育園の先生やお母さんたち、隣人が、親身になってサポートしてくれました。
「うちのにわとりが産んだ卵よ。」
「おさがりの赤ちゃんの洋服、もってきたわよ!」
「今日のモーニング・ティは、アナベラのとこよ。」
「ヘルシーで美味しい!ミホの日本料理教室お願いね。」
「BABYの水疱瘡、大丈夫?今朝寄って上の子の送迎してあげるわよ。」

 日々当たり前のように、気兼ねなく友人知人が、声をかけてくれるのです。
 日々当たり前のように、ママ達が誰かの家やカフェに小さな子供を連れて集まって、ちょっとした菓子を持ち寄り、子供のこと、家族のこと、世間話を数時間楽しんでいました。

 それから、外面についても考え方が変わりました。 オーストラリア人は、肥満問題が深刻で、女性、男性、子供・・・ほんとうに巨漢の方が多かった。
 だけど、女性達は皆のように、しゃれたピンクやグリーンのノースリーブで太い(失礼!)腕をだし、流行のカリブパンツのウエスト部分にはどっぷり段々腹をのせながらもはきこなし、ベリーショートのヘアスタイルに、カラフルな石のピアスを栄えさせ、堂々と体の線を出していました。

「胸をはって生きている」感たっぷりの、その心意気も大好きでした。
 日本人は、人まねが好きななので、メディアに出てくるきれいな女性たちに影響を受けて、 「やせなきゃ、やせなきゃ。」「ブランド品持って歩きたい。」と騒ぎたてます。
 ただでさえ貧弱な日本人の体格をさらに細めている女性をよく見かけます。 どこかのブランドが流行すれば誰もかれもがそのブランドバッグを持ち歩いて「どうよ」とばかりに見せて歩く。
その人の個性や美しさや輝きを活かすのがヘタで、個性を活かしたり大事にできず、ネームバリューに左右されがちな日本人の意識が、ずごく・・・本当にすごくばかばかしく感じるようになったのです。

 そもそも。 「女性は、ちょっとくらいぽちゃっとしてる方が素敵なんだ。 」 と思える気持ちの余裕、これは「あきらめ」じゃありません。
 「 自信 」です。
 確かに、少しぽっちゃりしている人の方が、性格も穏やかで気もきく気のおける方が多いと思いませんか?

 自分へも、他人へも、見かけに対する意識がぐるっと変わりました。
 すると、食事、食材、食べることへの意識も、大きく変わってきました。
 そして、子育て。 オーストラリア人の子供たち(エメラルドの子供たち・・・の方が正しいかな。)は、幼い頃から素晴らしく自立していて、兄弟や友人へやさしさを持って接することができ、誰に対しても躊躇することなく溌剌とした会話ができる子が多く、見るからに健康的でした。
 家族や親の愛情が、スキンシップや時間を通じて、子供たちに存分に注がれている姿を常に目の当たりにしました。 誕生日パーティには、どこの家庭もわが子の友達をたくさん招きます。
親子で訪れることも多く、先生も隣人も、両親の友人知人も、招かれれば喜んで訪れていました。
ホストファミリーは、そんなに手をかけないで料理やお菓子を山盛り用意し、訪れてくれた人たちとの交流を楽しむのです。

「子育て」は、大人同士のコミュニケーションの格好の場となり、子育て、子育て、と追われるのではなく、状況・環境の中で、自分たちの楽しみの時間も作っていく。。。 それをとても楽しんでいる様子は、「大人らしさ」にも感じたものです。

ビジネス・パーティも上手でした。 キッチンウェアや、化粧品、食品を扱い、自宅でパーティを開いて商品を使ってもらい、気に入ったら購入してもらう・・・といったものです。
家も広々としていて、パーティ上手の文化あってこそのビジネスだと思いましたが、地域ゆえになかなか手に入らないものを手に入れる機会が持てるとあって、なかなか面白く感じました。 どの場面、観点をとっても、地域の人と人との交流が非常に密であったことに、非常に感心をさせられました。

密ではあっても、余計なお世話に感じない。 このバランスのとれた関わりは、時間と空間の余裕があってこそだったのかもしれません。
オーストラリアのエメラルドで学んだ「ゆとり」。
せっかく自然豊かな地域で生活しているのです。 家庭にも、仕事にも、「ゆとり」をもてる日々を送りたいものです。

代表: Miho Mizutani